※これは別記事「あの日見た夢の話~雪ダルマと僕の身体は溶けても消えない友情~」
で紹介した夢を物語形式で完全に描いた記事です。
ですのでこの話を読み終えた後、最後に貼ってあるURLからそちらも読んでください。
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“そこ”は、辺り一面真っ白な雪で覆われた小さな村でした。
木造の古く小さい家がまばらに立ち並ぶだけの、人も少ないド田舎でした。
——そこに、“あいつ”と私はいました。
私は、その村に住む、幼い一人の男の子でした。
そしていつも、私の後ろには、一人……いや、一匹……一体?
……まあ、とりあえず一個の、喋って歩く世にも奇妙な“雪ダルマ”が、くっついてきていました。
正直に言うと、私はその雪ダルマのことが大嫌いでした。
生理的嫌悪、とでもいうのでしょうか。
それともただ単純にずっとくっついて来られるのがうっとうしかったのか、今となっては知る術はありませんが、
その夢の中で私は明確な理由もわからぬまま、ただただ理不尽に、その雪ダルマのことを嫌っていました。
時には直接
「俺はお前が嫌いだからついてくるな」
と言ったこともあります。
それでもあいつはめげることなく、一体そんな私なんかのどこを気に入っていたのか、ただずっと、私の後ろに居続けました。
そしてふと私は、
「あ、これ夢だ」
と、夢の中で気が付きました。
『解析夢』と呼ばれる現象です。
当時まだ小学生で早起きがしたかった私はもう起きようかと思いましたが、
そこで
「どうせ夢なら、ちょっとくらい雪ダルマの相手をしてやるか」
と、自力で目覚めることを止めました。
……おそらくそれは、夢であると気づくことによって芽生えた、雪ダルマへの辛辣な仕打ちに対する罪滅ぼしのような気持ちだったのでしょう。
このまま夢から逃げるのは、文字通り寝覚めが悪いでしょうから。
そうして同情、憐みのようなきっかけで接した雪ダルマは、それはもう
ものすごく良い奴でした。
彼の素晴らしい人格(雪ダルマ格?)は筆舌に尽くし難いほどに。
私と雪ダルマはすぐに友達になりました。
それから二人(一人と一個?)は、色々なことをして遊びました。
色々な話をしました。
雪ダルマと雪合戦、なんていう夢のような体験までしました(まあ夢なのですが)。
——刻一刻と、迫る別れに胸を支配されながら。
現実世界では一時間にも満たないであろう、しかし夢の中では数年にも及ぶような
彼と共に過ごした長い時間は、唐突に終わりを迎えます。
ある日の午後。
私から誘ったのか、それとも彼の方から誘ってきたのか、それとも流れでそうなったのかは覚えていませんが、二人で小さな家の屋根に登りました。
それが、私と彼の、最後の思い出です。
その日も私たちは、笑顔でした。——泣きそうな、笑顔でした。
もうとっくに、覚悟はできていました。
それは向こうも、同じだったのでしょう。
日が沈みかけると、どこまでも青かった空は茜色に染まっていき、溶けることなく積り続けた白い雪を、オレンジに変える。
そして私はその情景を目に焼き付けるように、雪ダルマの横で、じっと見つめ続ける。
彼と出会い、彼と過ごしたこの小さな村を忘れないように。
いつまでも消えることのない、思い出の中に閉じ込めるために。
夕日に照らされる村を眺めながらの、私と雪ダルマの、最後の会話。
この時の雪ダルマの言葉を、しかし私は覚えていない。
まるでその部分だけハサミで切り取られたかのように、抜け落ちてしまっている。
彼が私にかけた言葉は、応援だったかもしれない。
別れを惜しむものであったかもしれない。あるいは、最初の頃の私を責めるようなものであったかもしれない。
もしかすると喋るということ自体が私のただの思い込みで、言葉など発さなかったのかもしれない。
でも、そんなことはささいなもので。
そんな言葉なんかよりも大切なものを、夢から現実に持ち帰れないほどにたくさん、たくさん貰ったのですから。
「楽しかったよ。お前と一緒にいて」
まずはそんな、至極簡潔な、平凡な言葉。
しかしそれは、偽りのない、本心の言葉。
「最初の頃は、酷いこと言ったり、冷たい態度ばっかりとって、ごめん」
続けて出てくるのは、謝罪の言葉。
ずっと言わなければとは思っていたものの、何かに邪魔されるように、口に出せなかった言葉。
「ああ、こんなんだったらもっと前から、仲良くしておけば良かった」
それは小さく、零れるように呟いた『後悔』。
失いかけた時に気づいた、“大切なもの”を、受け入れなかった過去の自分への、叱責。
「……じゃあ俺、そろそろ行くわ。いい加減、起きないと」
そして告げる、本当に最後の言葉。
この世界を夢だと認識する以前、幾度となくぶつけてきた、決別の言葉。
しかし雪ダルマはもう、心無い冷たい拒絶を受けていた時とは違い、思いやる心と温もりに満ちたこの言葉を、すんなりと、受け入れた。
食い下がってくることも、お構いなしだと言わんばかりにまとわりついて来ることも、しなかった。
多分雪ダルマはとっくにもう、気付いていたのかもしれない。
私が、この世界の本当の住人でないことに。
自分が、私の中に作られたキャラクターであるということに。
永遠に続くかのようであった二人の日々は、私が目を覚ました途端、現実味のない夢となって、記憶からも心からも消え失せてしまうようなものであることに。
——だからこそ、あんなにも必死に、くっついてきたのかもしれません。
この夢を、数ある夢の一つのままで終わらせないように。
「目が覚めても、俺とお前は、ずっと大切な友達だ」
最後の最後にそう言って、ゆっくりと私は目を覚ます。
いつも通りの、なんてことはない起床。
しかしまどろむ脳に流れる、忘れてはいけない“なにか”の記憶の断片と、心を支配していく喪失感が、いつもとは違う違和感を与えてくる。
そして、鮮明に思い出す。
ある一個の奇妙な雪ダルマの存在と、その大切な友達と過ごしたかけがえのない日々の思い出を。
私が目を覚ます直前、茜色の陽射しに照らされた彼は、少し溶けかけていたような気がする。
いや、きっと、溶け始めていたのだ。
自分に与えられた役目を全うして。
本来ならばもうとっくに、消えて無くなってしまっていてもおかしくはなかったのかもしれない。
それでも彼は、最後の最後まで、必死に形を保ってくれていたのだろう。
この夢をきっかけに私は、「人に優しく」なれました。
嫌な人間と出合った時、誰かを嫌いそうになってしまった時に思い出すのはいつも
あの最初は大嫌いで、最後は大好きだった奇妙な友達の姿。
そして 別れ際に感じた、強い後悔の念。
だから私はこれからも、人に優しくしようと思えるのです。
だってそれは、私と彼を今もなお強く結び続けている、“約束”なのだと思うから。
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